◇バスツアー・河村先生と行く「古代筑豊の旅」好評終了(2016年4月9日)
 日本の古代史解明のキーのひとつが筑豊地域にある。邪馬台国は甘木朝倉を首都とし、筑後・佐賀平野に跨っており、7万余戸(約30万人)を擁していた。その時、第二の人口5万余戸(約20万人)の投馬国は豊前豊後に想定される。この地は箱式石棺地域(豊前豊後)と甕棺地域(奴国と北部九州西部)の接点にあたる。古代豪族・物部氏の故地である遠賀川の上流域にあたり、神武天皇や神功皇后ゆかりの地でもあり、王塚、竹原の装飾古墳もある。今回は河村哲夫先生とその地を巡った。

神功皇后がこの地で兵を解散した
ので大分(だいぶ)八幡宮という

大分八幡宮の拝殿。応神天皇と
神功皇后、玉依姫命を祭る
 
伝承では神功皇后が
持ち帰った楠の子孫

国内で最も美しいとされる壁画
で飾られる石室を持つ王塚古墳

王塚装飾古墳館での説明
 
王塚古墳内部が復元され、
天井には北斗七星が輝く
     
飯塚市歴史民俗資料館。館長自らが
熱心に古代史関係を説明してくれた
  
   立岩神社の磐座前で記念写真。この岩は神武天皇が東征のおり、
   突然、巨岩が落ちてきて悪霊を封じ込めたという
 

立岩遺跡の甕棺墓
 
熊野神社元宮が立岩神社
 
竹原古墳。波の上を行く船が描かれている
 
  竹原古墳と王塚古墳を比べて
   みるとその違いは興味深い